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風がかたり光がしめすもの

感光と随感と思索による記録

三月末の熊谷桜堤

 ひさしぶりにカメラを持って撮影にでかけたのは、以前から行きたいと思っていた熊谷桜堤の桜が開花したという情報をえたからだった。

 

 熊谷についたのは朝の7時頃。荒川沿いの土手には、ビビッドカラーの菜の花が咲いていたけれど桜はまだ蕾のものばかりで、ときどき早熟な花が咲いているだけだった。そのため私は、この菜の花と桜の花が一緒になっている風景を撮ることができなかった。ネットで見ることできる、あの美しい風景があると思ったけれども。

 

 桜のかわりになにかを撮らなければと被写体を探すことにした。名高いスポットに行くことは感動を与えられることと、素晴らしい写真が撮れるという意味で大事なことだろう。それでも私のようにピークと違った場合は、落胆したとしてもすぐに気を取り直して、被写体を探さなければいけない。そこでいい写真が撮れるかどうかは別問題で、いかなる場所であっても美を見出す訓練と、美を写す訓練をするには不足ということはないはずである。「四時を友」とした芭蕉は、どんな季節からでも風雅を見出しただろうから。

 


 ここでの写真が後日、自身のうちでどういう位置づけとなるかはわからない。それでもここで見る力、感じる力、撮る力(そしてそれらはヴァレリーのいうところの「意志して見る」ことである)が鍛えられたとし、せっかちな私はこの地を離れることにした。いずれまた熊谷桜堤に来るかもしれないし、来ないかもしれない。そこは運に任せることにして、咲きかけの桜を後にした。